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2009
09
01

クァク・キョンテク監督インタビュー(movieweek)

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【記事】[クァク・キョンテク監督①]視聴率出ない理由...20部作が大勢?
-事前製作だが,最近一部場面を補充撮影したのに,どんな場面か?
補充撮影を終わらせたのが7月10日頃だったか。
約10日にかけて,17回から19回にかけた一部場面と20回のメイン場面を撮影した。
おもしろくかたをつけた。
もう本当に完結した感じがするだろう。
すなわち日本で放映されるのに現在はそれを再編集するところだ。
日本でも国内バージョンのとおり放映されるが(暴力的だとか残忍だという理由で放送規定により)モザイク処理された部分はなくすだろう。
そしてケーブルに放映されるバージョンは新しく編集する計画だ。
序盤の回想構造で編集した部分はみな取り去って、幼い時期から完全に年代記順で話が流れるように構成するだろう。
そしてDVDはケーブルと放送バージョン,二種類で発売する計画もある。

-ドラマを20部作で完成することにした理由は何か?
初めからそのように計画して撮影を始めた。
そのまま20部作が良いように見えた。
20部作が大勢だとして。
ハハハ。
-ほとんど1年間事前製作をした。
補充撮影までみな終わらせた時の気持ちはどうだったか?
それほどすがすがしくなかったよ。
とても永くしてであるようだ。
‘ヤッホー!終わった’でなく‘おぅ!終わらせたよ’とする気持ちだった。
それでもこの程度なら本当に最後まで最善を尽くしたという声を聞いてもかまわないという心情だった。
このドラマの特性上,今までドラマを楽しんで,視聴した人々の食欲に多少合わない点があるということは私も悟っていきつつある。
それでも放送時間帯を決めることでもモザイク処理問題など雑音があって,視聴者をたくさん確保するのに欲を出せなかったという部分がちょっと惜しい。
もう叩き捨ててしまい新しい作品を始めなくちゃ。
-初めてのドラマ演出を通じて得たのがあるならば?
私はやはり映画をしなければならない人だなすること。(笑い)そしてやはりよそ見をしてはいけないということ。(笑い)だが韓流を復活させることができる話かドラマ形式に似合う話があるならばまたドラマを演出することはするだろう。
そして一日十四時間撮影して、五日に一日は休むことができる構造になるならばできるようだ。
だがこの頃出てくる一般的ドラマ形態で私の演出スタイルが変わりはしないようだ。
ドラマをまた映画のようにとるだろう,って.
-<友へ>をドラマでまた演出するために製作費を集めて,映画の版権を買ってこなければならないなどの迂余曲折が多かったというが?
私が<友へ>をドラマで演出することにしてファイナンシングを始める頃,映画版が難しくなった。
ドラマ製作会社らにも一つ二つ問題が生じて訴訟にかかるなど時期が良くなかった。
ところでこの作品は序盤から企画費がたくさん投入されなければならなかった。
製作権も買ってこなければならなくて,演出部・製作部も集めなければならなくて,あらかじめロケーションなどもある程度進行してこそ順調に撮影を始めることができたから。
私が<友へ>を直接また演出するといえば‘おもしろいだろうね’程度の反応はあることと考えたのに反応も良くなかった。
‘10年前の話をまたすれば誰が見るか’ ‘<友へ>のような話をどのように地上波ですることができるか’とする反応が先にであった。
ドラマのファイナンシング構造は映画とは完全に違った。
日本とあらかじめ契約したお金も入ってこようとする時間がしばらく残ったし,結局製作費を求めるところがなくて,とても広くて果てしなかった。
ところで本当に有難くも釜山で教育事業と金融業をする方が私の名前を信じて初期融資するといったよ。
結局その方のおかげで進行が可能になった。
そして私が持ってたものも家から始めて,全部みなバッティングした。
だが金銭的に損害をこうむりはしないようだ。
ところで問題は苦労したし,私としても欲があったのにそれだけ結果が良くなかったと考えるのだ。
それで力がたくさん陥る。
次の作品に対するエネルギーをどこで受けなければならないか,個人的に悩みが入ったりもする。
とても力が抜けて休みながら,からだを取りまとめなければならない時期なのかしたかったり。
-視聴率がよく出てこなかった理由は何のためだと見るのか?
ドラマは映画と違う。
映画は広告費を入れて,観客の関心を買って,ひとまずチケットを買って劇場に入ってきた観客はお金が惜しくても集中をしようとする。
二時間のランニングタイム中何分程度がうんざりして難しいといっても最後に何か得ることができるならばそれでお金が惜しくないと考えることになるようだ。
ドラマに比べて,相対的に媒体集中力が高いのだ。
ところで私たちのドラマは話がちょっと難しい。
特に選挙戦のような場合は、この頃の子供たちが分からないことでおばさんたちもこれと言った関心ない素材だ。
セリフ処理がそれこそご飯食べながら,洗濯しながら聞いても簡単に聞こえなければならなくて期待する状況に合わせて行ってこそ気楽なのだ。
映画はビューアーをリードする指向があるがドラマはそうではないようだ。
-映画場面らをほとんどみなそのままドラマに使ったのに,同じシーンをまた撮影する時,特別に念頭に置いたのがあるならば?
視聴者がおもしろがったらと思った。
同じ場面だが,主人公が変わったとのこと,そして映画ではセリフが一つだけであったのにドラマではこういうものもさらにできたよ,比較してみる面白味を与えたかった。
そしてTVとして粗雑にした感じがしないように同じ場面とる時ははるかに精魂を込めた。
それは事実私たちの大きい冒険だった。
ビジネス面でも立派な選択ではなかった。
当時もしその場面を撮影する時,18億ウォンが入ったとすれば今はその二倍程度の30億ウォンを入ってこそ撮影をすることができる。
製作費の相当部分を割愛することに決めたことは他の見方をすれば非経済的な選択だった。
だがあまりにもマニアが多い作品なので,完全に違った話ではないが映画の名場面らが出てこなければどうなったことかとすることもできるという気がした。
それで同じように撮影することに決めたことだ。

【記事】[クァク・キョンテク監督②]とても満足なキャスティング...最後の場面が気に入って!
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-映画でユ・オソンが演じたジュンソクはキム・ミンジュンが演じた。
すでに<サラン>でチンピラ役を強烈に演じたことがあってジュンソクのイメージが簡単に届く。
だがチャン・ドンゴンが演技したドンス役に軟らかいイメージのヒョンビンをキャスティングしたことはちょっと意外であった。
日本でこの作品に対する提案を一番最初に受けたところであり,相当部分の製作費を日本から引いてくることができる環境を作るためには韓流スターが必要だった。
五人のキャスティング候補の中にヒョンビンがいた。
何,他の作品をしている俳優もいたし,私がよくわからない俳優もいた。
(ヒョン)ビニの場合は私がよくわからないから先に(チャン)ドンゴンに電話をかけて尋ねた。
“ドンゴン,私がドラマをしたいがビニはどうなの?”ドンゴンが良いといったよ。
そしてビニが作品をするに値した環境になるのかも尋ねてくれるといった。
事実初めには私もこれが合うようだった。
よく分からないから。
年齢差もちょっと出て,どうしてもドンゴンくらい気楽なことはなかったから。
ところで三回程度ミーティングをしながら感じがぶすっときた。
目に力を集中するのではなかったが若干悲しそうに見えて4分の3程度だけじっくりと浮かび上がったまま人を眺める表情がだいぶ自信があるとみられた。
顔角度良くて,その感じをビジュアル的に十分に生かすことができてしたかった。
そして目つきに‘根性’があって‘組織暴力’イメージをかぶせても大丈夫という確信がわいた。
もうヒョンビンの他にドンスを演技する他の俳優は想像できない。
ビニがそれだけよくして,非常にありがたい。
-ドンスがジュンソクに対抗することになる理由などドラマには映画で見られなかったドンスの心理が深く扱われる。
ドンスに対する監督の格別な愛情が感じられたのにどうなのか?
キャラクターに対する愛情はみな全く同じだ。
俳優らに誤解を生まないためにわけもなくする話ではない。
20回までみな見ればジュンソクに対する愛情がさらに格別なことではないかとすることもできるだろう。
ジュンソクもだいぶ残念な選択をすることになる人物だ。
二人を同じ比重で置いてドラマを完成していった。
私は特にこのドラマの最後の場面が気に入っている。
その場面がはやく出てきたら良いだろう。(笑い)
-映画で英語先生役を担ったヤン・ジュンギョン(前眞人事フィルム代表)やサンゴン役のイ・ジェヨンは同じ役でドラマにもまた出演する。
他の俳優を少し知ってみたのに最小限その程度ができる人を探せなかったよ。
特にイ・ジェヨン先輩は初めてシナリオを書く時から決心してその俳優に合わせて使ったキャラクターなので他の人がしてみるとまったく不自然だよ。
オーディションをたくさん見たがみなならないように見えた。
-コメディアン キム・ビョンマンや、このドラマを書いたハン・スンウン作家などのカメオもおもしろかったよ。
ア,キム・ビョンマンは私たちのドラマ キム・ビョンイン プロデューサーのいとこだ。
以前から演技をしたくて良い演技者というものを知っていた。
ギャランティーが話にもならないけれどおもしろくさせてくれとお願いすることができた。
ハン・スンウン作家は刑事で登場する。
昔に組織暴力生活をした彼は毎度刑事らにやられるばかりだったといって,今回の機会に立場を一度変えてみろと刑事で出演させた。(笑い)そしてうちのお父さんも出演された。
北朝鮮なまりセリフもある役で。(笑い)私の映画にもすでに出演したことがあって、故にお父さんは快く出演をするといわれた。
以前には演説する郡の長役なので本人のセリフだけよく覚えてすれば良かったのに,今回は俳優らとセリフをやりとりしなければならない演技であった。
実際に撮影を始めたのに相手俳優らの気に押さえられて,お父さんがセリフもみな忘れられた。
だいぶ慌てて多分次の作品に出演してくれと言えば気が焦ろうとすることであるようだ。
ハハハ。
-出演俳優がとても多くて大変にしていないのではないか?
みな確かめてみるとセリフある人だけ300人程度だよ。
監房の中の色々な人の中の1人が一言でもセリフがあれば私が会わない状態で演技をさせられなかった。
少なくともイメージが合うのか確認した後に出演させなければならなかった。
何,私は大部分のキャスティングが満足だ。
視聴者らのための作品だが,私も俳優たちを見ながら楽しかった。

【記事】[クァク・キョンテク監督③]ドラマ友へ,そのし終えることができなかった話
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-キム・ウォンソク監督,ハン・スンウン作家とともに台本を分けて書いたというが,どのように分けたことなのか?
私はどうしても強い話が長所だ。
感情的に強い場面.
このドラマを共同演出したキム・ウォンソク監督は主に資料をリサーチして論理的な部分や女子学生場面を担当したし,ハン・スンウン作家は組織暴力生活をした経験があると本人の実際経験談を活用した。
道傍生活や青松刑務所での仕事,組織暴力関連エピソードなどを主に書いた。
メインあらすじを定めて,各自パートを分けて執筆した後、私が最終リライティングをして台本を完成した。
-9年前撮影した場所をまた訪れた気持ちはどうだったか?
感慨が新しかった。
当時撮影したチルソン食堂は1ヶ所であったのに今回行ってみると周辺がみなチルソン食堂だったよ。(笑い)できるなら映画のとおり撮影しようとしたがあまりにも歳月がたくさんすぎて残っている所が多くなかった。
セットもとてもたくさん作った。
セットでなければ不可能な照明が多かったから。
ジュンソクの家はロケ撮影だったが,ジュンソクの部屋だけ別にセットを作ったし,チュンホ家もロケーションなのに空き家をセットのように作って使ったし,ドンスの家,監房などもセットだ。
特に法廷は一場面のためにセットを作らなければならなかった。
この頃にはみな変わったから。
ロケーションをしても昔の物にみな変えなければならなかったし,通りの撮影も非常に大変だった。
美術のために本当に苦労をたくさんした。
-9年前映画を演出した時と今ドラマを撮影する時,最も大きく変わったのがあるならば?
‘友へ’に対しては映画をしながらとてもたくさん考えた。
もう私も四十才を越えて見たらドラマを撮影しながらは‘友人’より‘郷愁’がたくさん感じられた。
4人の友人らがチュンホの家に集まって,マンガ本も見て遊ぶ場面を撮るのに、私がまさにあのようにうつ伏せになって<少年中央>のような物を見たのを思い出したよ。
いくらお金を支払っても,死んで目覚めてもその時期では決して帰ることができないという気がするや突然とても悲しかった。
それと共に私たちのご両親も過去のある時期に帰りたい欲望があるならば、どれほどさらに悲しいかに考えが及んだ。
このドラマを撮影しながらはそのような仕方ない郷愁に対する悲しさが多かった。
-次期作は決めたか?
苦悩中だ。
不法滞留の話もあって,イ・ヒョンセ作家の漫画<青春守護期>を原作にする計画もあって,1・4後退の時のお父さんの話をしてみたいという考えもある。
<青春守護期>はちょっと難しくて,ストーリーをもう一度作ってみようという話だけある状態だ。
不法滞留の話はとても荒い復讐に対する話なのに,このドラマに続きまた暗い話をしなければならないと思ったりもする。
1・4後退関連アイテムは情緒がちょっと<マット・ボーイ>と同じだ。
ところで色々な考えがする。
今私も観客でも果たして暗い話を望むだろうか。
私ももうちょっと明るくて楽しくなって愉快で幸せな話をしてみればどうだろうか。
全身に入った力をちょっと抜きたい考えになる。
どんな作品をするかは分からないだろうが今計画では3ヶ月程度シナリオ整えて,3ヶ月フリープロダクションをして,来年3月頃撮影に入ろうとする。
-今年釜山国際映画祭執行委員も引き受けたのに,どんな活動をすることになるか?
分からない。
ハハハ。
作品準備もして会社も運営しなければならなくて自信がないといったのに,キム・ドンホ執行委員長様が電話をして。
この前総会に参加したし,ボランティアメンバーの人らに講演のようなことをしたりもしたし,これからあれこれさせてあげる仕事をすることになるようだ。
その間事実受けるばかりでしていないようでできることはしてみようとする。
★全てのものが新しくなった<ムービーウィーク>に会って下さい!★
Comment

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カラーの写真の時は全然思いませんでしたが、この記事の最後の写真は「似てるな~」じゃなくて、師匠と間違えました(笑)i-229

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ほんとだっ!
一番下のは見間違うほどですね~。
最近おヤセになられる前の師匠にi-229
 

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