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2009
12
08

ユン・ジョンチャン監督

movistでのユン・ジョンチャン監督のインタビュー。
私の中では、この言葉がすごく身につまされました

”私たちを本当に苦痛にする問題。
お金の問題や両親扶養問題,病気のようなものら。”

”もしその三種類の中で一つでも経験した人は映画見る終始とても苦しいことと。 ”


狂っても現実が変わるのではないから
<私は幸せです> ユン・ジョンチャン監督

2009年11月28日土曜日 キム・トヒョン記者

img_movist_com.jpg
釜山国際映画祭でも反応が良かったのに,封切りがとても遅れたようだ。
映画が大きい映画ではないのでそうしたようだ。
映画界は難しいじゃないですか。
封切り館多く見積もる映画は最初から多く見積もるが,中途半端な映画は見積もること自体も大変だから。
本来は昨年釜山国際映画祭終わって11月頃封切るという話を聞いた。
ところでこのようになった。

<青燕>の時は親日論議だったのに今度は封切りまで遅れて大いに心配した。
<青燕>のような場合は封切る1年前にクォン・キオク女史の子孫らがコリアピクピクチャーズにファックスを送ってきた。
その方が満州飛行学校で先に飛行機を走らせたとのことだった。
ところで相対的にパク・ギョンウォンに対する話がさらに多く知られている。
ところで<青燕>に使われた‘朝鮮最初の女流飛行士’というコピーが問題であった。
事実は資料調査をしながらクォン・キオク女史の存在を知った。
それで製作会社にそのコピーを使わずにその方らに申し訳ないという話をすれば大丈夫でないかとした。
いずれにせよ最初の女流飛行士が重要な要素ではなかったから。
ところで結局製作会社でそのコピーを広告で使ったし,その方らがまた報道機関に知らせることになった。
その方らが親日話をしたのではない。
パク・ギョンウォンが最初の女流飛行士ではないとの内容だけあった。
厳密に話せばパク・ギョンウォンは最初の民間女流飛行士といってこそ正しい。
だが重要なのではなくて,大きく考慮していなかった。

ところでそれが親日につながって結局興行にも影響を与えることになった。
そのような余波もあったが,当時にあまりにも強い映画らが集まっていた。
<タイフーン> <王の男>のような映画と一緒に封切った。
当時封切り館が70ヶ余りで記憶される。
封切り時期が良くなかったが監督が関与する問題ではないから。
何、映画も運命があること同じだ。
初めに製作者が<チョ・マンドゥク氏>という短編を見せたといったのだが,どんな感じがしたか?
読んでみたのだが,とても短かった。
読めば30分すらもかからない分量だった。
短くて古くなった小説であったのにおもしろかったよ。
初めに数ページ読む時はそのような考え聞かなかったのに,誇大妄想症患者が病院に入ってそのような話が出てきながら興味を引いたし,最後まで読んでみると違うという感じがした。
img_movist_com01.jpg

どんな部分で映画化したいという気がしたか?
幸福だ。
事実幸せでないだろう。
逆説的な意味なのに,幸せでない人の話を脚色しながら,話がなるだろうと思った。
それで男が病院で幸せに過ごす過程と看護師が患者を見て感じる感じなどをメローとは違ったちょっと特異な映画で作ることができないだろうかという気がした。
狂った人でも狂ってない人でもある意味で見れば人生は骨を折るからであることだから。
ところで人生ということは狂うと解決されるものでもないじゃないか。
狂う前までは持ちこたえてみる,そのような点がおもしろかった。

小説は主人公が弟とお母さんを皆殺す結末で,映画とは違う。
それが問題であった。
以前にイ・チォンジュン先生会った時尋ねた。
最後に主人公がみな殺しながら終わるのだが意図が何かと。
すると実話といった。
実話だからイ・チォンジュン先生もそのように書いたことであって特別に変わったメタファーがあるのではなかったと。
ところで脚色をしてみたら,初めから実話と明らかにすれば分からないですが,誰が見ても原作を脚色した映画だが,最後を小説のようにすればとても出口がなくはないだろうかと思った。
出口ない話をすることになるかと思って変えた。
とても極端なことのようで。

小説とは違った映画の結末は痛ましいが肯定的な感じだ。
それで題名も逆説的に‘私は幸せです’としたりもしたが,見て基本的に出口がない映画のように感じられるようにしたくなかった。
原作を見れば何,皆死のうという話だが(笑い)それはとても悲惨じゃないか。

短編小説の話という胎生的の理由もあるが,話自体は単純だ。
2時間の映画で作る時,どんな部分に気を遣ったか?
看護師スギョンと患者マンスの関係が重要だった。
マンスは小説とほとんど似ている。
原作ではマンスが兄で弟が困らせるのに,映画では反対だ。
俳優がヒョンビンであるから。
ヒョンビンの弟ならば10代じゃないか。(笑い)悲劇的な事件は似ていて,看護師の比重を別にした。
病院で幸せがる人を治療して送りだすのが真の治療か?その人が病院にいるのをさらに幸せにと考えないだろうか?この程度の話を持って看護師を作った。
映画的には狂ってしまったマンスの理由とコントラストを減ろうと看護師側にも大変な理由を作った。
ひとりは狂ってひとりは最後まで持ちこたえたという差だけある。
その二人の関係を作るのに時間が一番たくさんかかった。
img_movist_com02.jpg

ヒョンビンとイ・ボヨンのキャスティングは多少意外という気もする。
私も意外だ。(笑い)ヒョンビンという俳優もそうだが,イ・ボヨンという俳優も当時<ワンスアポンアタイム>以後興行性を持った俳優と認められていて,当時には簡単にキャスティングできる俳優らではなかった。
あいにく俳優らがシナリオを見て話をしてきた。
色々と見られるだろう。
演技欲もあっただろうし。
とにかく運良く格別困難なしでキャスティングすることができた。

初めシナリオを書きながら考えておいた俳優はなかったか?
原作のチョ・マンドゥクは40代だ。
それで40代俳優を考えていた。
そこまで若い層に行く計画ではなかった。
ところでその時ヒョンビンから連絡がきたことだ。
ヒョンビンのような場合は日本にも相当な知名度がある俳優だから市場に及ぼす影響力も考慮した選択だった。

俳優らが監督の几帳面な演技指導に欲があったこともあるようだが。
単純に演技変身のためにならば,良い選択ではなかったことだ。
心から映画に興味を感じてこそ演技指導もできて,エネルギーも出てくることだ。
単純にどんな監督して作業すれば変身ができそうだと作品を選択するならば大変な作業になる。
ところでキャスティングを決める前にビニに何度か会って話をしてみたところ本人がおもしろく読んで次第考えもよくしたよ。
私もそのような俳優と仕事をしない理由もなかったし,ビンがやはり作品と共に演技に対する欲もあったようだ。

現場で慇懃で粘り強い言葉で注文をよくする方なのに,主にどんな部分に対しての話をしたか?初めて撮影に入ったのだが,ビニがもてあましたよ。
やりたくてごつんと開始はしたのに,実際にしてみるともどあましたことだ。
この映画にはレイヤー(層)が二つあるじゃないか。
精神病院での狂った演技と人生に手に負えなかった過去の姿.
二種類の演技なのに二つとも侮れないから。
とても苛酷にするという覚悟はしてきたが,何より俳優が自信をなくしてはいけないから。
それで話をよくして簡単に接近できるようにした。
話をよくしながら,演技に対する重圧感を取り出した。
ヒョンビンという俳優がその間しないできたキャラクターや状況だから説明をよくして,本人がうなずけるようにした。
撮影がとても差し迫るように進行されたのに,その渦中にも演技に対する話をよくしたし,ヒョンビンやはりさっさとよく受け入れた。

撮影期間が6週であった。
HDとはやかったが,だいぶ窮屈な日程であったのに。

予算がそんなに多くなくてとても窮屈だった。
6週の間ヒョンビンや他の俳優らのスケジュールも考慮しなければならなかったから。
ところでまた映画というのはとればとる。
何か合わない映画は1年をとっても完成できないが,よく合う映画は窮屈でもとることはとる。(笑い)私たちは比較的キャスティングが身軽だったから集中力あるようにとることができた。
img_movist_com03.jpg

HDとフィルムという媒体の差はどうだったか?
大きく差を感じられなかった。
そして製作費リスクを最大限減らして行かなければならない状況ならばHDも悪い選択とは違うようだ。
この頃はテレシネやキネコ作業が発展して,またフィルムに移すのも大きく難しいことでない。
またHDにしても作業自体が変わるのではないから。

カーセンターはもちろん,町内全体が映画のために存在する空間のようにとてもよく似合ったよ。
製作部がハンティングを通いながら,そちらを偶然に見てとって上げて送ったのに気に入った。
カーセンターが本来瓦の家だ。
そばに自動車持ち上げる機械もあったのだが,それは廃品空間で変形させた。
その町内自体がこの頃見るのが難しい地域でもある。
スタッフらもまだ我が国にこうしたところがあったか?70年代の雰囲気出るとし目あたらしがったよ。

日程も窮屈で,ロケ撮影に,俳優らの演技も重要だから気を遣う部分が1,2ヶ所ではなかっただろう。
一番困りきった場面は看護師スギョンのお父さんが亡くなる場面だ。
その場面がとても重要な場面なのに,難しくとった。
南原にあるオープンしなかった病院を交渉して運良くとることになったのに,オープンがいくら残ってなくてその日だけとることができた。
ところでそれが報営が初めての分量だったのだ。
まだ現場適応もならない状況で一番重要な瞬間をとるから俳優も大変で私も大変で。
必ずその日みなとらなければならなくて,翌日の陽が明るい時までずっととって終わらせた。
またビンが病院で暴動起こす場面も大変な場面だった。
地方でとって見たらソウルで補助出演者などを呼べない状況なのでそこにいる人々を緊急に交渉してとったのだが,そのまま背景でなく何か演技をしなければならない役割だと見ると人々が気兼ねした。
結局中間に製作部,演出部を投じた。

個人的にも現場生活する時,演技させれば本当に負担になった。(笑い)
(笑い)そのままワンカットとって終わることならば誰でもさせますが,アングルにしたがってまた何度もしなければならないから人々が逃げたよ。
それで時間を過ごすスタッフらを積極的に活用した。
サッカー場面では演出部,製作部にマネジャーらまで皆入っていった。
後ほど病院で撮影する時は演出部,製作部が最初から患者の服着て仕事をしたから。(笑い)撮影遅れれば製作費上がるから仕方ないだろう。
img_movist_com04.jpg

大部分オープンセットでとって望み次第撮影するのが難しかっただろう。
部屋でとる時が大変だった。
とても狭かった。
カーセンターの部屋は実際の部屋なのでカメラ入ればアングルも出てこない。
製作費余裕があったらセットを作ったはずなのに,惜しかったよ。
実際部屋で撮影する時は助手もやっと入って私は入る思いもよらなくて外でモニターだけ見た。
また田舎なので夜にわめいてすれば町内がチャリンチャリン響き渡るじゃないか。
静かな田舎明け方2時にみな殺すと大声を出すと本当にケンカになったと思ってそうだった。(笑い)

スギョンのお父さんが亡くなってスギョンが泣きわめく場面は本当に佗びしかったよ
NGがとてもたくさん出ていた。
本人も来るやいなや難しい場面からとると集中しにくかったし,またシナリオには‘寝て起きて,応急室で行ってみるとお父さんが死んでいる。
嗚咽するスギョン’とだけされているから。
通常的な演技を考えることもできたが,とても重要な場面なのでワンシーン、ワンカットで行った。
俳優は大変だっただろう。
普通ならば走って行って泣けば良いのに,ここではさっさと行けないでもたもたする。
自らのすべてを賭けて今まできたのに休憩室で少しの間うとうとした間に亡くなったので認定できなくて簡単に近寄れない状況なんだろう。
その場面をロングテイクで5分超えてとるとどれくらい骨を折ったか。
結局シナリオ上の構造や説明よりは本当にお父さんが亡くなったと考えて演技をしようといった。
大変にとったが,来るやいなやとって,ボヨンが体力があって幸いだった。

ヒョンビンがカラオケで歌いながら泣く場面も印象的だ。
胸が崩れるようだったよ。

それは朝6時にとった。
本来は1節を歌って間奏出てくる時泣くことだったが,初めてのテイクをとるのにビニが幾つかの言葉をいうとまさに泣く。
分かってみるとビニがその場面を撮るとあらかじめビールをだいぶ飲んでいた。
本来酒もできない子だが酔っぱらった状態に入って怒りが込み上げてきたんだろう。
1時間程度とって終わらせておいてモニターを見るのに,ビニが横に来た。
本来終われば早く戻るのにその日は白く涙跡が残る時まで拭くこともしない状態であった。
演技をするのに世の中にはマンスのように生きる人が多いことという気がしたといったよ。
その場面では自分の感情に忠実にとった場面だ。
本人も何かを感じたようだ。

不幸なものなどを払いのけてこそ幸福が始まるという感じもした。
そんなこともある。
ところで基本的にこれがジャンル的な話ならば,最後にハッピーエンドになるのに,実際に生きるというのはそうではないから。
それで最後に何か満たされない何となく寂しさを与えたかった。
ひとまず二人が生き地獄では抜け出した感じで。
その程度が最善でないか。

たとえまた地獄のような現実が待っているが,肯定的なニュアンスがたくさん感じられた。
本当に肯定的にするならぴったり折れるハッピーエンドであったが,現実的にそれはちょっとオーバーだから。
この話は肯定的な側面で見た時,その程度が最大値だったと考える。

題名も逆説的だが状況も逆説的だ。
人々はマンスを助けるが,果たしてそれがマンスに良いことかわからないアイロニーな状況だ。

この映画に出てくる問題は大部分お決まりのものだ。
私たちを本当に苦痛にする問題。
お金の問題や両親扶養問題,病気のようなものら。

この頃ケーブルTV見ればどういう癌保険広告がそんなに多いのか。
すなわち皆死にそうな感じまで入ったよ。
そのような現実的な問題を使った。
img_movist_com05.jpg

現実の山積した問題によって幸せでない生活を送ることになると思うか?
普通の人々ならばその問題に対して自由なはずがないことだ。
私たちがその気になれば楽になるというが,現代社会でお金も無視できない。
以前には子供が両親を迎えたが今は核家族時代なのでご両親迎えるのも問題になった。
社会保障一つない老人たちは生きることも大変だ。
そのような問題らが現実の私たち困難に陥るものなどだ。

幸せだと考えるか?
映画ほどではないだろうが。

映画はとても苦痛じゃないか?(笑い)
(笑い)誰かがそのような話をしたよ。
もしその三種類の中で一つでも経験した人は映画見る終始とても苦しいことと。

病院の他の患者らはブラックコメディ形式だが,分量が惜しくて,小枝のように感じられたりもする。
本来は分量がもう少しあった。
ところでもともと演技を難しく要求したためかとって見ると気に入らなかった。
本来は患者らにも個人的なお話があるのに,最後の編集しながら,たくさん切り出した。
そのような要素らがちょっと生きてくれれば精神病院の雰囲気がもう少し豊かに出てきたはずなのに,ちょっと少し寒く出てきて惜しい。

スギョンがマンスに向かう心は現実を離れて,経験できる特別な安堵の接点だ。
そういうのを見せてあげたかった。
マンスは狂って入ってきたし,スギョンはマンス劣らず理由があるが狂いはしない状態と。
ところでこの女もほとんど看護師としては零点じゃないか。
うとうとして,出てこなくて,アザ殴っていて。(笑い)二人が鉄窓を間に置いて,ひとりは現実にいて別の人は仮想世界にいるがほとんど差がないことを見せてあげたかった。
気違いでも狂ってない人でも,あたかも幸福と不幸が紙一重の差のように感じられるように。
中間にマンスがスギョンお父さんが苦しんでいることを知ってにせ物お金をあげるじゃないか?それがアイロニーなのに,普通は看護師が患者を世話するのに,ここでは逆に患者が看護師を慰めることだ。
メローとみるよりペーソスのようなのがあればという気持ちだった。

マンスが病気を直して病院で退院するが,これからまた不幸な人生に戻って体験しなければならない苦痛を考えると苦々しかったよ。
マンスはしっかりして,現実に戻って,スギョンは病院を止める。
事実スギョンに病院は何の意味がない。
ただお父さん病院費を当てるための所程度?むしろ地獄のようなところであって。
だがマンスやスギョン皆これからどのように暮らすのか代案がない。
広い海に出て行くことだね。
映画で見れば二人が順次遠ざかるのに,あきらめないでよく耐え忍んだという感じがする。
ひとりは狂いながら持ちこたえたし,ひとりは狂う一歩直前で持ちこたえたし。
そのような点で点数を与えるべきではないだろうか。
闇のトンネルを抜け出したし,もちろんまた闇のトンネルであることもあるが全体的にはひとまず地に足をつけて立ったことだけで可能性はあるのだから。
それで感心だという感じがした。
img_movist_com06.jpg

最近にもシナリオ作業をしていると聞いた。
<ローマパン屋の話>また進行するのか?

シナリオは2ヶ程度出て行くようだし,また一つを書いている。
<ローマパン屋の話>もまたしなくちゃ。
本来それが先に契約されていたのに遅れて,これからしたことだから。
また進行しなければならない。

何個を同時に進行していると?どんな事なのか気になる。
この頃には勤勉でなければなってなくないか。
時間ある時,シナリオも多く使っておいて,勉強もよくしなくちゃ。
まず<ローマパン屋の話>シナリオは終わった状態だ。
ところで準備する他のノワール映画が先に進行されるようだ。
まだ内容をいうことはちょっとそうでそのままノワールタウン映画?(笑い)ジャンル的な映画になることだ。
本来してみたかった映画だから。
<ローマパン屋の話>はノワールメローになるだろうし,これも似ているがアクションがもう少し入るようだ。
キャスティングはまだなのに考えておいた俳優はいる。

まだユン・ジョンチャン監督のキャスティングの話にはチャン・ジニョンが先に浮び上がる。
本来<ローマパン屋の話>の話をして作業が引き伸ばすからドラマ<ロビイスト>を先にすることになったことだ。
それしてまた話そうといったのに,残念になった。
作品だけでなく長く知って過ごした俳優で,率直にまだ実感がよく出ない。
<鳥肌>という作品を通じて初めて主役を演じることになったし,本格的な映画キャリアも一緒に始めたもようであるから。
昨年8月に最後に会ったのにその時少しの間<鳥肌>話をした。
映画祭招請を受けてしたことらが2000年,2001年のことなのにとても古くなったことのように感じられるといったよ。
考えてみればわずか7~8年前のことなのに。

それでは先に準備中のノワール映画はまもなく進行になるのか?
まだ断定的に撮影時期を話す段階ではない。
どうせちょっと遅れたのでさらに几帳面に準備するつもりだ。
1,2ヶ月先に入るのが重要なことではないから。

<鳥肌> <青燕> <私は幸せです>の順だから今度は大作をする回なので?(笑い)(笑い)シナリオにかかっただろう。
ところでそのように大きい規模ではない。
概略中級程度になるようだ。

文_キム・トヒョン記者(ムービスト)
写真_クォン・ヨンタン記者(ムービスト)
場所協賛_ローヤルアンドカンパニー1階ギャラリー

(出処:movist.com)
Comment

[374]

監督のお言葉・・・重みがありますね。
早く映画観てみたいです。
自分がどう感じるのか・・・
苦しいと思うのか・・・
興味あります。

「お金の問題」は映画製作でも当然のことで・・・
スタッフが患者の服着て仕事なんて、ビックリi-198
大変だわ~!

演技変身が目的だけだったら、ありえないキャスティングだったんだね。
それを見極めた監督も、認められた主役二人も、すごいなぁe-446
まさに心から映画に興味を感じてうまれたエネルギーのぶつかりあいだったんだろうね。


[376]

やっぱりどの作品もだけど、
「監督」って~お方はスケールがデカイよねー。
しかし、今回のキャスティングは、
吉と出るか凶と出るか、博打のようだったのでは?と思うね。
エネルギーのぶつかり合いかぁ~。
制したのはやはりユン・ジョンチャン監督のようだね。
 

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